港町の山小屋だより

2021年5月、被災地石巻に焼酎と洋楽を楽しむBAR「山小屋」がオープン。東京在住(石巻出身)オーナーYがゆるーく情報発信しています。

ホームの狛江SCへ

石巻こそがホームのはずだが、アパート暮らしで住民票もなければ住民税も払っていない。石巻で飲みに行ってもヨソの客。やはりホームは東京自宅近くということになる。

狛江(こまえ)といっても多摩地区の人間でなければ場所も思い浮かばないだろう。日本で2番目に小さい市だ。都内在住者からも「何県?」と言われるのがオチだ。狛江の説明は後回しにして、とにかくホームの酒場で飲みたい一心で(石巻で店を閉めて飲みに行くと「脱走」呼ばわりされる)、日曜は6時半に起きて7時の仙台行バスに乗り、9時半発の高速バスで東京に帰った。新宿バスタ16時着、私鉄とバスを乗り継いで狛江SC(ショッピングセンター)へ。17時に到着。

SCといってもモールじゃない。昭和の香り漂う都営団地近くの商店街。その商店街も寿司屋と靴屋を残すのみ、スナックが20軒近く営業するディープな歓楽街だ。場末感という意味ではわが立町に似ていなくもない。

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自宅から自転車で20分、通勤経路の途中駅からも行けるのでよく通っている。通っていた、というのが正解か。石巻は幸い、飲食店営業への制約は最小限で済んだが、狛江を含む東京は4回にわたる緊急事態宣言で長期間にわたる時短営業または休業を余儀なくされている。この日はまん延防止期間中で酒類提供は19時まで。それでも2時間はいられる。そのために朝6時半に起きたのだ。

スナックJへ。ドアを開けるとMママが「あれーどうしたの? 石巻は?」。店に行くことを言ってなかったので驚かれた。ほかにスナックRママ(前に山小屋に来てくれた)と常連さん。おみやげに持参した女川高政の笹かまをアテに乾杯。これだよ、これ。

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ここはみんな一人客。沢田研二好きのファンキーなMママを慕ってここに来る。今はカラオケもできないし静かに飲んでしゃべるだけだが、ここで焼酎水割りを舐めてるだけでホッとする。しばらくするとドアが開いて男性が入ってきた。ロシアだ。同じ宮城出身のSさん。中国の大学で日本語を教えていたがコロナで帰国、いまは自治体の臨時採用で糊口を凌いでおられる。中国語とロシア語が堪能なのでみんなからそう呼ばれている。最初の出会いはここで「石巻の女(ひと)」を唄ってたら遠くの席から「北見宏児さんだね。サイン会に行ったことがあるよ」と話しかけられて意気投合した。「お久しぶり。山小屋はどうですか」と互いに近況報告。3月からずっと山小屋にかかりきりだってたので、こうして客として話すのが新鮮で楽しい。

ふだんは、ここの客は1時間いたら隣の店、階下の店へと流浪する。何時間も同じ店にいるのは野暮なのだ。「じゃあそろそろRに行ってくるよ」「いってらっしゃい。マスターのGちゃんによろしくね」てな具合。店主同士も仲が良く、必然的に客同士も仲良くなる。東京ではこうした酒場コミュニティは珍しいことではない。何がそうさせるのかわからないが、ロシアや俺のような地方出身者が多いからかもしれない。お互い頑張ろうね、という暗黙の連帯感があるんじゃないだろうか。

山小屋を始めるとき、狛江SCのような酒場コミュニティを作りたいと考えた。2〜3軒でよいから客が流浪しやすいネットワークをだ。まだ全然、手応えを感じてはいないが、あの古井戸通りは場所的人材的に条件が揃っている気がしている。例の非スナック弱小連合として。

twitterやLINEなどSNSを駆使すれば容易にできるのかもしれないが、ここはアナログで行きたい。瓦版「古井戸通信」でも発刊するか(笑)。19時となりお開き。最後にRママのSちゃんが「来週山小屋休むんでしょ。貼り紙してきたの?」。あー忘れた! 来週は京都出張で店を休むのだ。朝早く起きてきたから…と言い訳テヘペロ。まだまだ客気分が抜け切れてないんだなぁ。