港町の山小屋だより

2021年5月、被災地石巻に焼酎と洋楽を楽しむBAR「山小屋」がオープン。東京在住(石巻出身)オーナーYがゆるーく情報発信しています。

10/2(土) 「おめー、どご中や?」

(承前)横になってうとうとしていたらメッセンジャー。誰だ?

「開いてんの?」

Oだ。隣のI中学出身で高校同期。向こうが2年に上がれず留年したので交流なかったが震災後Facebookで仲良くなった。これは知らせねばなるまい。Oと同じI中Tちゃん、仕事でO家と関わりのある、わがK中同期Yにそれぞれ「来るってよ」とメールした。

19時過ぎにO登場。4年ぶりか。Oは実家がこの近所。今は関西暮らしだが親父さんの調子が悪く見舞いがてら帰省したという。

「この通りは子供の頃の遊び場。夏休みにはラジオ体操もしたよ。しかし何でまた店なんか」

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それはね、と説明を始めたところへTちゃん登場。抱きつかんばかりの興奮状態。幼なじみなんだね。昼間に店に誘ったら「イベントで疲れたからまた今度」と言ってたくせに、Oが来ると聞くや自転車を飛ばしてきた。なんだチクショー。

お互いの思い出話、積年の想いを語り合う二人。おいおい、俺に会いに来たんだよOは。I小I中の先生や友達の名前を言われてもちんぷんかんぷんだ。店の話も途中じゃないか……と思ったがお口にチャック。お客さんが楽しげに話してるのを制することはできない。温かく見守った。

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まぁでも、それに近いことを少し言ったらすかさずOが「俺たちの縄張りに店なんか出したらこうなるの当たり前だべ」と。ぎゃふん。二の句が告げなかった。

俺は海側のK小K中出身だが、ここ山小屋は街なかのI小I中学区ど真ん中。高校は同じでもたかだか3年の話。小中9年間を共にした幼なじみには敵わない。

もっと言えば、同学年女子とは微妙な距離感がつきまとう。石巻は高校から男子校女子校に分かれるからだ。中学が違う異性とは一生交じわれない。Tちゃんとも2年前に偶然知り合った。同じようにI中から女子校に行った子たち(昼間に来たIさんとか)は同級でも同窓でもない。それでもなぜか仲よくしてくれる友人が多いのは、I小I中のフレンドリーな性格(校風?)によるのだろう。

駅前の商店街で小売店や飲食店、美容院をしている家に生まれ、両親が働いている昼夜は互いの家に遊びに行き、一緒に食事をしたり風呂に入ったりしたという。同級生を超えた関係だ。俺らK小K中は公務員、会社員、工場勤め(製紙会社の社宅住まい)が多く事情が異なる。商人気質でもないので性格もおとなしめだ。I小I中生は逆に図々しいところがある。

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「山小屋をK小K中の溜まり場にしたい」という当初の企みは、今のところ当てが外れた格好だ。まぁ隣の学区に店を出してたらしゃーねーよな、と思っていたらドアが開いた。Yかと思ったらS子だった。今日の古本市に親子で出店していて、家族での食事が終わったらしい。カウンターの二人を見て「Tちゃん? やっと会えたー!」と抱きついた。ここも幼なじみ。45年ぶり。Oのこともすぐわかったようだ。すごいね、フルネームで出てくる。Oも面喰らっていた。3人でふたたびI小の話で大盛り上がり。もう勝手にしてくれ(笑)。

9時を回りTちゃんが帰るのと入れ替わりでY来店。やっと加勢(K小K中OB)が来た。S子も帰りここからは男同士の飲み。なんだかんだ2時まで。飲んだねぇ。

記事タイトル「おめー、どご中や?」は石巻で初対面の決まり文句。どの中学を出たかから全てが始まる。そんな街で店を出した俺。K中のくせにI中学区に店を出した俺。K中はあまり来ずI中軍団に翻弄される俺。もうどうでもよい。どこ中だろうと女子校だろうと、石巻を語れればよいのだ。そんな店でありたい。

*文中写真は震災前2007年頃の石巻街なかの風景(某ブログより無断転載)