港町の山小屋だより

2021年5月、被災地石巻に焼酎と洋楽を楽しむBAR「山小屋」がオープン。東京でサラリーマンをしながら毎週末に石巻に帰ってバーを開く生活を続けて2年。そして2023年4月、37年ぶりに石巻にUターン。昼間の事務職とバー経営の二足のワラジを履くオーナーYがゆるーく情報発信しています。

3/19(金) 山小屋は無事でした

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3月16日の福島沖地震震度6弱を記録し津波注意報が発令された石巻。東京も気持ち悪い揺れだった。どこかで大きな地震が起きたその余波的な予感。いつもそう思うようにしているが的中するのも嫌なものだ。

メールやLINEで親戚の状況を聞くと、激しく物は落ちたが何とか大丈夫とのこと。3.11より激しい揺れで、これは津波が来るぞと覚悟したという。友人は「1000年経ってねーじゃん!」と叫んだらしい。実際は多少の潮位変化で済んだが満潮時の午前3時まで起きていたとか、寝る場所を確保するのに片づけ作業に終われたとか、寝不足で仕事に行ったらそこでも片づけだったとか、大変だった。

3.11もそうだが、そこにいないことの自責が今回も感じられた。ともにつらい体験を有してこその絆。飲んだくれてアパートに帰って寝る生活ならともかく、店をやり、家を買い、今年はいよいよ住民票を移そうと言ってるのに、また外された。

それより店のこと。発生後、スナックママに片っ端からLINEしたが、水曜日のド平日で時間が遅かったので開けていた店も少なく、報告が来たのは翌日。とにかく怖かったという。あの日のフラッシュバックなのか膝の震えが朝まで止まらなかったという。カウンターの中でボトルやグラスが倒れて片づけが大変だと嘆いていた。2階ハッピーエンドもボトルが全部カウンター内に落ちたと言う。そんな中、斜向かいおり姫ママは「うちは全然。知り合いの路面店も同じ。1階と2階とじゃ揺れが全然違ったみたい。山小屋さんも大丈夫でねのすか?」とのこと。

新幹線で帰る予定が脱線事故で不通となり急遽クルマで帰ることにして、金曜深夜に家に着いた。翌土曜午前に店に行き「南無三」とばかりにドアを開けた。あれー? と呆気にとられるほど大したことはなかった。

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(高校恩師の中瀬の絵が落下。植木が落ちて土が散乱)
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(チェイサー用の百均グラスがカウンター上に落下破損。この方向に揺れたか?)
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(全滅だろうと思っていた絵は一枚だけ落下。後ろを軽く留めるだけでも有効だ)
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(大きな本はさすがに落ちている。佐立るり子の絵が落ちたか。ゴメンね)
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(カウンター内。グチャグチャに見えるが棚の荷物が落ちた程度)
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(厨房奥のレンジ台が傾いていた。やはりこの方向か)
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(メニューのイーゼル珊底羅大将が身を挺して守ってくれた(笑))
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(ボトルは全部セーフ。ストッパーが効いている。揺れの方向が90°違うのかも)
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(一番心配だったスピーカーとTVモニターも無事。大きなものを吊るすのはよそう)

午後から不動産とリフォーム打合せだったので30分ほどしかいなかった。これくらいなら開店前の準備で片づけられると、インスタに無事報告&開店予告をして家に帰った。

LINEやFacebookでひっきりなしに連絡が来る。「石巻は大丈夫? どこにいたの?」。みんな心配してくれるのはありがたい。店をやっていることを伝えている友人からは「ニュースで石巻と聞いて真っ先にあなたのことを思った」と。ありがたいことだ。

災害が多い町、復興の道半ばの町として、これからも石巻という地名はメディアを賑わすことだろう。そこで店をやることの覚悟は相当なものだ。会社員と二足の草鞋でやれるものではない。家もできた。幸い引越し直後で荷物が元々散乱していたので全く被害なし。だが今後はそうはいかない。石巻と一連托生の人生が待ち受けている。それを全うするには東京から魂を完全に移さなければならない。その覚悟は、ありますよ。