港町の山小屋だより

2021年5月、被災地石巻に焼酎と洋楽を楽しむBAR「山小屋」がオープン。東京でサラリーマンをしながら毎週末に石巻に帰ってバーを開く生活を続けて2年。そして2023年4月、37年ぶりに石巻にUターン。昼間の事務職とバー経営の二足のワラジを履くオーナーYがゆるーく情報発信しています。

6/18(金) 断ち切れたはずの連鎖

仕事を終えて新幹線に乗ったところへLINE。「何時に開けるの?」Kからだ。「いま東京を出たばかりだから8時かな」「了解」...

いやいや、こんなふうに書いてたら何時間もかかる。今夜は中学同級生が大挙して集まってくれたので「閉店」の札をかけた。誰にも邪魔されたくなかった。店の前まで来てくれた方、ごめんなさい。

そのうちの一人Sとは高校卒業以来36年ぶりの再会。先に来ていたKとYが飲んでいるところへドアが開いた。マスクを外すと色黒のオッさん。俺の顔を見てニヤニヤ笑っている。「オーーーッ! 久しぶり!」と固い握手。Yがひそかに呼び出していたのだ。

こうなればS子を呼ぶしかない。前から約束していたのだ。いつか3人で飲もうと。でも正直、そんな日は来ないだろうと思っていた。Sとはまったく縁がなかったからだ。小学校が違うだけではないはず。まぁいろいろと。でも高校時代、一番話したんじゃないかな。部活のあとで雲雀野海岸に行って海を見ながら好きな女子のこととか。

俺は周りを引っ張るほうじゃなかった。誰かについて行ってばかり。何をやりたいのかわからなかった。部活(ソフトテニス)も一年で辞めて生徒会に方向転換。文化部ぐらいに入らなきゃと美術部に入ったら同じ学年に誰もいなかった。むしろ楽だった。そこから少しずつ変わっていった気がする。集団でつるむことをしなくなった。

社会人になり同期会やクラス会を率先してやったがそもそもガラじゃない。誰もやらないから仕方なくやっているだけ。20代半ばで企画した1回目の中学同期会(今はなきリバーサイドホテルで開催)のときもSに電話して誘ってみたが乗ってこなかった。お互い成人して昔と変わったんだなと悟った。たぶんもう会うことはないだろうな、1993年の時点でそう思った。約20年後にあの震災がきて全部リセットされた。それからさらに10年が経った。いまこうして石巻で店をしている自分は、何をしたいのかわからずとにかく手あたり次第挑戦していた頃と変わらない。そりゃ、震災がなきゃ俺も店なんかやってない。この店ができて、KやY、そしてSと会えるまでになった。はっきり言えないが、こうなりたくて店を始めたのかもしれない(達成感は、まだ足りない)。

1時間ほどしてS子が娘を連れて飛んできた。もうドンチャン騒ぎ。飲んでくれ、食べてくれ、歌ってくれ。でもなんだかちょっと疎外感。カウンターの中と外ってこんなに違うんだな。俺一人エプロンして食器を洗ったり氷を入れたり。目の前で盛り上がっている会話に入りたい。SとS子を二人きりで話させるものか。あれ? なんだか高校生に戻った気分だぞ(笑)。


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